人生を複利で運用し、資本主義ゲームに勝利する
複利は人類最大の発明である
今回は、「複利」について身近な例をあげながら解説をします。
私のポケットには富士山が入っている
突然ですがみなさん、ティッシュを何回半分に折ることができますか?
手元にティッシュペーパーを用意して折ってみましょう!
……
さて、何回折れましたでしょうか。
知っている方も多いと思いますが、ティッシュは8回までしかおることができません。
では、 ティッシュを25回折ると、理論上どのくらいの高さになるでしょうか…?
答えは富士山と同じ高さになるのです。
「試してみたら25回折れたよ!今、目の前に霊峰富士がそびえ立っているよ!」
という人は、さらにあと5回折ってみましょう。
ティッシュは宇宙に到達するはずです。
この記事を読みながら、実はティッシュを折っていない怠惰な読者の方ために、実際にティッシュを折る時の心情を如実に表したコピペを見つけてきました。
1回目・・鼻で笑う
2回目・・あと100回は余裕だ
3回目・・何かを感じ始める
4回目・・笑みが消える
5回目・・鼓動が高ぶる
6回目・・終わりが近い
7回目・・限界への挑戦
8回目・・限界を超えたい
そうです。
ティッシュは8回までしか折れないのです。
ちなみに、富士山と同じ高さまでティッシュを重ねるならば、33,555,532枚のティッシュを重ねる必要があります。
途方も無い数字ですよね。
しかし、折りかさねるとしたらたった25回で済むのです。
アインシュタインは、「複利こそが人類最大の発明だ」という言葉を残しました。
この魔法とも思えるような法則「複利」を、どう日常に持ち込むかによって、
人生(資本主義ゲーム)の難易度は大きく変わるといえるでしょう。
複利で増えるお金、単利で増えるお金
投資(または事業)を行えば、資産を「複利」で増やすことができます。
一方、普通のサラリーマンが何も考えず貯金すると「単利」でしか増えません。
投資はティッシュを折って富士山を目指すのに対し、
貯金はティッシュを一枚ずつ重ねて富士山を目指すようなものです。
さらに、投資では死ぬまで資産を増やし続けることができるのに対し、
労働者には定年という制約があります。
貯金だけでは富士山(大きな資産)を作ることは不可能に近いといえます。
複利は諸刃の剣
賢者は「投資」「ビジネス」を行い、複利で資産を増やしていくのに対し、
愚者は「リボ払い」など、金利の罠にはまり、複利で資産を減らしていきます。
これでは格差が広がるのは当たり前です。
学ばない、学ぼうとしない人間にどれだけ手を差し伸べても、彼ら(愚者)はその手を振り切って堕ち続けます。
もう助からないところまで堕ちてから、「そんなこと知らなかった。誰も教えてくれなかった。」「金持ちはズルをしている。」「国が悪い。社会が悪い。悪いのは自分ではない。」と零すのです。
小さな積み重ねが、とんでもないところで行くただ一つの道
(これまた予備校の壁とかに貼ってある話ですが。。。)
たとえば、毎日たった”1%”の成長を積み重ねると、1年後はどのくらい成長していることになるでしょうか?
答えはなんと、37倍。
複利の力というものはすさまじいですね。
たかが1%、されど1%。
1%の成長というと、大した成長ではない気がします。
しかし、昨日までの自分に負けないよう、1%成長する。
その積み重ねが、人をとんでもなく高いところへと連れて行ってくれるただ一つの道です。
【おまけ】チェス盤の後半の物語
「チェス盤の後半」この言葉は、インドの古い伝承に由来する。
こんな物語だ。
既存の娯楽にすべて飽きた王様は国民に呼びかけ、新しい娯楽を募った。
寄せられたなかに、チェスの原形になるゲームがあった。
このゲームを気に入った王様は発明者に対して、なんでも望みの褒美を与えようと言った。すると、発明者は米を所望した。
チェス盤の1マス目に米粒を1粒、2マス目に2粒、3マス目に4粒、4マス目に8粒……という具合に置いていき、
盤上に置かれた米粒をすべて褒美にもらいたいというのだ。
コンピュータの処理能力が2年で2倍に増えるように、米粒の数は、マスが一つ進むごとに2倍に増える。王様は願いを聞き入れたが、まだチェス盤の前半、30マス目に届かないうちに、国家の米の蓄えが尽きてしまったという。
王様が発明者の要望に応えるためには、エベレストより大きな山になるほどの米粒が必要だった。
最初のマスで1粒だった米は、チェス盤の後半に差しかかる3マス目では3億粒になり、最後のマス目に到達するときには、累計1850京粒近くに達する。
(引用:LIFE SHIFT(ライフ・シフト)―100年時代の人生戦略)